メッセージ


  • 「死」は終わりではない

    「死」は終わりではない 2012年4月24日

    死によって全てが終わると考えている人がいます。 しかし、このような考えは間違っています。 なぜなら、「死」というものは生の終わりではなく、 限りない「生」の運動の一部(その流れ)であるからです。 死もまた生なのです。 全ての生物、存在

  • 新しい人間の創造

    新しい人間の創造 2012年4月23日

    人間は自分で新しい「生」を創造することができます。 自分で自分の生を発見し、その独自の生を生きることができます。 これは私たち一人一人に創造性が宿っているからこそ可能なことです。 人間における創造性は無限です。 つまり、その人間が見出せ

  • 未知の創造性

    未知の創造性 2012年4月19日

    生の創造性は、常に未知なる次元にあります。 創造性というものは「新たなる発見」であり、 しかもそれは自分自身で見出していくものです。 他人の知識や教えを受け入れることは創造性ではありません。 創造性があるためには、まず自分の足で立たなけ

  • 厳粛なる人生

    厳粛なる人生 2012年4月18日

    「生きる」ということは、本来途方もなく厳粛なことです。 それは恐ろしいほど真剣なことであり、 決して遊びや気晴らしではありません。 人生というものは、単に快楽や享楽に費やすものであると考えている人がいます。 人生は遊びであり、ゲームであ

  • 死への恐れを超える

    死への恐れを超える 2012年4月17日

    死への恐れを持つことなく生きることはできるでしょうか。 もし私たちが死を恐れることのない人生を歩めるならば、 その人生はまったく異なった意識と次元を伴ったものになるでしょう。 そしてそこには、完全な自由があります。 その自由は空を飛ぶ鳥のよう

  • 「人間」という存在

    「人間」という存在 2012年4月17日

    「人間が生きている」ということは不思議なことではないでしょうか。 私たちはこのことになんの驚きも感じずに生きていますが、 「人間が存在する」「人間として生きている」ということは、 恐ろしいほどの奇跡ではないでしょうか。 人間という「生命

  • 「人間」という存在

    「人間」という存在 2012年4月13日

    「人間が生きている」ということは不思議なことではないでしょうか。 私たちはこのことになんの驚きも感じずに生きていますが、 「人間が存在する」「人間として生きている」ということは、 恐ろしいほどの奇跡ではないでしょうか。 人間という「生命

  • 宇宙に溶け込む

    宇宙に溶け込む 2012年4月12日

    私たちは自分という「個」を超えて、 全体としての宇宙そのものと一つになることができます。 というのも、もともと「生」というものは宇宙そのものであり、 そこには本来、どんな分離もないからです。 全ての生命は宇宙の中に存在し、 そして宇宙

  • 苦しみから学ぶ

    苦しみから学ぶ 2012年4月12日

    精神的な苦悩というものは、私たちに多くの学びを与えてくれます。 苦悩を通してこそ人は真に学び、真に成長します。 苦しみから逃げようとばかりする人は、何の成長も得られないでしょう。 いかに苦しみから逃げるか、避けるかではなく、 苦しみを苦

  • 心の虚しさの克服

    心の虚しさの克服 2012年4月10日

    心の虚しさから一時的に逃避しても、やがてはまたその虚しさが必ず顔を出してきます。 どのような逃避も全ては一時的なものにすぎず、問題の根本的な解決にはなりません。 一時的に逃避するということは、単に問題を先延ばしにしているだけであり、 それでは虚

  • 自己を捨てることを学ぶ

    自己を捨てることを学ぶ 2012年4月9日

    私たちにとっての心の執着物、依存の対象は、 私たち自身の「自己」を大いに満足させるものです。 それは自分の生きる意味、意義、価値を与えてくれるもので、 「これが私だ」「自分の人生だ」という活力を与えてくれます。 同時にそれは、心を満たし、慰め

  • 死という現実

    死という現実 2012年4月9日

    人間は死を恐れます。 「死」という現実は、私たちにとってとても大きな出来事です。 それはあまりに大きく、そしてあまりに生々しくリアリティに溢れているので、 普段は逆にその現実感をなかなか感じることができません。 しかし、死は現実です。そ

  • 自分を失いたくないという衝動

    自分を失いたくないという衝動 2012年4月6日

    私たちが執着し、依存している快楽や享楽、 満足感を与えてくれる体験や我を忘れさせる活動といったものは、 「自分」を満たしてくれるもの、「自分」を支えてくれるものです。 ほかにも「自分」というものの存在意義や生きる意味を与えてくれるものや、

  • 信じ込むという危険

    信じ込むという危険 2012年4月5日

    「生」というものは、自分で発見し、創造していくからこそ意味があります。 しかし、多くの人々は他者の教えや本の言葉を容易に信じ込み、それに囚われがちです。 何が真実で何が真実でないか。 それを見出すのは私たち一人一人であって、 それは他人

  • 虚無からの逃走

    虚無からの逃走 2012年4月5日

    私たちは、自分が何もない無(虚無)に飲み込まれることを恐れています。 なぜなら、その虚無は「自分」というものを無にしてしまうからです。 永遠に続くのではないかと感じられるこの果てしない虚しさ、底なしの虚無は、 自分の人生からあらゆる輝きを奪い、

  • 自己という牢獄

    自己という牢獄 2012年4月3日

    「私がある」「自分が生きている」「自分が存在している」 これこそ人間の人生の根底をなすもので、 この「私」「自分」という意識、感覚に私たちはいつも依存し、執着しています。 「私」「自分」というものを保持し、守り、強化すること、 それが私

  • 「自分」を失うことへの恐れ

    「自分」を失うことへの恐れ 2012年4月2日

    私たちは、自分というものに執着して生きています。 「自分」というものが私たち人間の生の基盤とも言えます。 自分の出世、自分の未来、自分の所有、自分の人間関係、 自分の仕事、自分の財産、自分の名誉、自分の人気、 自分の知識、自分の幸せ、自

  • 「在る」ということ

    「在る」ということ 2012年4月2日

    「在る」ということは、途方もなく神秘に溢れたことです。 世界は存在し、その中に様々な生命が存在します。 それらは「在る」のです。 野に咲く花は、ただ黙ってそこに存在しています。 大地に立つ樹も、ただじっとそこに存在しています。 石も岩

  • 花が持つ自由

    花が持つ自由 2012年3月30日

    野に咲く花は、恐怖や不安を持ちません。 どんな葛藤も、苦悩もなく、ただ咲いています。 そこにあるのは「無私」の姿です。 完全に「我」を持たないエゴなき姿です。 人間は欲を持ち、そしてエゴを持ちます。 その欲、自分への執着が恐怖や葛藤を

  • 人間の創造性

    人間の創造性 2012年3月30日

    絶えず学び、絶えず発見している精神は常に活き活きしており、 新鮮さを失わず、退屈や停滞をもつことはありません。 このような学びがあるとき、または新しい学びが始まるとき、 そこにはすでに「生の創造性」が働いています。 学ぶこと、理解するこ

  • 生命の流れ

    生命の流れ 2012年3月29日

    生というものは常に流れ続けています。 生とは、全宇宙の運動であり、留まらずに流れ続ける川と同じです。 川の流れは、留まることを知りません。 過去も未来もなく刻々と流れ続けます。 この一瞬一瞬の生もまた、それと同じです。 生命の活動には

  • 心の真の自由

    心の真の自由 2012年3月29日

    私たちの多くは、自己達成や成功を望みます。 金銭、仕事、恋、人間関係、様々な理想と成就― 人は多くのことを希望し、渇望し、その達成のために動きます。 社会や世間での生活で挫折したりすると、 今度はスピリチュアルや宗教といったものにはまり

  • 恐怖と向かい合う

    恐怖と向かい合う 2012年3月27日

    私たち人間は「恐怖」という感情を持ちます。 恐怖という感情は私たちにとって大きな重荷です。 恐怖がそこにあるとき、心の自由は決してありません。 恐怖が人生を覆ってしまうとき、生きることは苦しみになります。 人生に対する不安、焦り、苦痛—こうし

  • 心の普遍性

    心の普遍性 2012年3月26日

    心の問題というものは、人類共通の問題、普遍的で宇宙的な問題です。 どのような場所に住んでいようと、人種や文化の違いがあろうと、 私たちは等しく「人間」であり、同じ心の問題を抱えています。 恐怖、不安、悲しみ、葛藤、絶望、寂しさ―こうした心の在り

  • 学び続けること

    学び続けること 2012年3月23日

    「生」とは学びです。 「生」における学びに終わりはありません。 生において学ぶことは無限にあります。 学ぶということは、 何か専門的な知識や言葉を頭に詰め込むということではありません。 真の学びとは「人間」そのものから、「人生」そのも

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