厳粛なる人生
2012年4月18日
「生きる」ということは、本来途方もなく厳粛なことです。
それは恐ろしいほど真剣なことであり、
決して遊びや気晴らしではありません。
人生というものは、単に快楽や享楽に費やすものであると考えている人がいます。
人生は遊びであり、ゲームであり、楽しむだけのものだというのです。
このような考えはあまりにも軽薄でしょう。
人生はゲームでしょうか。遊びでしょうか。
それとも「人生」とは、厳粛な意義をもった何かでしょうか。
快楽や享楽だけに生を費やす人々は、
人間という存在が持っている本来の深い意義を理解していません。
彼らはただ人生を遊ぶことに費やし、自分を欺き、
浅く薄い表面的な生を送るだけです。そのような人は「生きていない」のです。
人生というものが真に意義深いものであると感じている人々は、
人生というものを深く洞察し、生の真理を見出そうとします。
そのように真剣に生きている人こそ、まさに「真の人間」と言えるのであって、
そこにこそ人間本来が持つ成熟と創造性、絶えざる生の変革があります。
このような創造性と変革こそ、まさに人間が持つ無限の可能性です。
真剣に生を探究し、学び、創造している人だけが「真に生きている」のであり、
このような人々こそ本物の「人間」なのです。
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