メッセージ
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神秘の扉 マイスター・エックハルト NO.2 2013年4月16日
人が神について語ることのできる最も素晴らしいことは、 精神の内なる豊かさの智恵に従い、ただ沈黙することができるということである。 それゆえに、深く沈黙し、神について言葉を並べ立ててはならない。 あなたが神について言
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神秘の扉 マイスター・エックハルト NO.1 2013年4月15日
神について何も認識しようとしてはならない。 神はあらゆる認識を超えているからである。 もしも私の神が、認識しえる神であるならば、 私はそれを決して神とみなさないであろう。 神に対してはあなたは十分であ
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測り知れない宇宙の創造 2013年4月12日
今まさにこの宇宙が存在できているのは、 宇宙の測り知れない叡智があるからこそです。 花を咲かせるのも、星を動かしているのも、 全ては宇宙の偉大なる力、生命の力です。 人間という存在を創りあげたのも、宇
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人間の内なる静けさ 2013年4月11日
人間の内部には、目に見えない宇宙的な叡智が宿っています。 この叡智なしには人間は存在することはできないでしょう。 人間の知性がはるか及ばないもの、 人間の知性によっては一瞬たりとも触れることのできないもの。
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J.クリシュナムルティのメッセージ NO.12 2013年4月10日
本当に自分が何をしたいのかということを知らず、 心が決まりきった仕事にはまりこむならば、 そこには退屈と腐敗しかないでしょう。 "生"というものの全体を探究することが重要なのです。 そして、これのみが新しい社会を作りだせ
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J.クリシュナムルティのメッセージ NO.11 2013年4月9日
あなたこそ生の革命者であり、解放者です。 あなたの意識の変容が、宇宙そのものを変容させるのです。 生に変革をもたらすのは、他者ではなくあなた自身であるということ。 あなたがあなた自身を変革し、創造するのであり、 そうでな
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J.クリシュナムルティのメッセージ NO.10 2013年4月8日
自分自身で真理を発見し、知恵を持ち、 ただ単に順応するのではなく、自分で世界と向かい合い、それを理解し、 内面的に深く、心理的に絶えず反逆していなければなりません。 なぜなら、生の真理を発見するのは、伝統や社会に服従する人では
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恐怖と執着を理解する 2013年4月5日
恐怖に囚われ続ける限り、そこに自由はありません。 恐怖があるところ、決して自由はありません。 自由な心の土台とは、もはやいかなる恐怖もない精神状態です。 では恐怖とはどのように起こるのでしょうか? &
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過去を超えていく精神性 2013年4月4日
本来「生」とは、一瞬一瞬常に新しいものです。 太陽の光が日毎に新しいように、 「生」というものは一瞬一瞬新しいものなのです。 しかし私たちの精神は大抵は習慣や惰性、娯楽や快楽の繰り返し、 または自己満足が得られる過去の何かしらの
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瞑想のあり方 NO.21 2013年4月3日
瞑想とは、時間性を超越することです。 時間性とは、始まりと終わりがあるものです。 始まりがあり、そして必ず終わりがあるもの、それが時間です。 終わりがあるものは「生」ではありません。 「生」は終わりなきもの、
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瞑想のあり方 NO.20 2013年4月2日
瞑想とは常に新しいものであり、どんな持続性もありません。 持続性があるものは知識と記憶です。 知識と記憶は過去であり、どこまでいっても古いものです。 瞑想は、絶えず新たなるものを開示することです。 新たなるも
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瞑想のあり方 NO.19 2013年4月1日
全的な静寂こそ、真の瞑想の基盤です。 なぜなら、深い沈黙と静けさがないかぎり心は不安定だからです。 心の不安や混乱を抱えているならば瞑想はありません。 瞑想の行為とは「気づく」ということです。 気づき
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一人の人間と人類のつながり 2013年3月28日
私たち一人一人の人間は、世界の歴史を背負っています。 人種、遺伝、文化、伝統―といったものが私たちです。 私たちの精神は、過去の歴史から受け継がれてきています。 私たちの人間
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天地の創造 2013年3月26日
私たちは創造の世界の中で生きています。 世界は絶え間なく創造を続けています。 かつて「世界が創造された」と言われますが、 創造は過去のものではなく、現在も進行しつつあるものです。 今まさに、私たちは創
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瞑想のあり方 NO.18 2013年3月25日
瞑想は言葉なき運動です。 言葉のおしゃべりがあるところに瞑想はありません。 心が言葉で溢れているならば、瞑想の純粋さは失われます。 真の瞑想は、沈黙の深みの中で起こります。 宇宙そのものが言葉を持たず沈黙であるように
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瞑想のあり方 NO.17 2013年3月22日
瞑想とは、感受性を開け放つことです。 感受性が失われているなら、瞑想はありません。 瞑想は、見ること、聴くこと、感じること、知覚することであり、 五感と感受性を機敏にし、気づきを高めることです。 感受性が
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瞑想のあり方 NO.16 2013年3月21日
瞑想とは、創造性を開花させることです。 では創造性とは何でしょうか。 それは自分で新しい生を探究し、発見していくこと、 絶えず自分自身の精神を更新していくことです。 新しい発見がある生こそ、創造的な生
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気づきの高まり 2013年3月18日
完全に精神が静まっているとき、静謐な観想状態にあるとき、 こういう時ほど注意力が高まり、感覚が鋭敏になることもありません。 直観力が研ぎ澄まされ、今起こりつつある一瞬一瞬に対する気づきがあります。 まさにこのような鋭敏さ、静謐な精神、
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革命的な精神 2013年3月15日
新しい人間の創造、新しい社会の創造は、 古い伝統や文化から生まれることはありません。 古いものからは古いものしか生まれず、新たなるものが起こるためには、 古いものは終わらなければなりません。 古い伝統に従うことに新しい発見
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アメリカ・インディアンの叡智 NO.6 2013年3月13日
インディアンの文化には、いわゆる「教育」と呼ばれるものはなかった。 学校もなければ教科書もなかった。 我々はただ一つのものからしか学ばなかった。 我々の目の前には宇宙の「創造」というものがあった。 この「創造」という聖な
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アメリカ・インディアンの叡智 NO.5 2013年3月11日
我々は子供の時からこう言われてきた。 「静かにして、目の前のものを見つめ、聴きなさい」と。 求めるのではなく、ただ見つめ、聴くこと。 それはつまり、あるがままにある万物に心を開くということだ。 ただじっと大地
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アメリカ・インディアンの叡智 NO.4 2013年3月8日
霊的なもの求めすぎるあまり、 かえって精神的なバランスを崩してしまう人々が多い。 霊的なものに性急に飛びついてしまうのは危険なことだ。 あまりにその追求心が強すぎると、 空想や仮想世界でしかないものに精神が侵されその餌食
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自己観察の精神 2013年3月7日
自己自身の問題、心の問題を解決するには、 自分自身をしっかりと観察しなければなりません。 自分を観察するとは、あるがままの自分に"気づく"ということです。 今自分の心はどう動いているのか、 今自分は何か
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一なる神について 2013年3月6日
神とは、一なるものです。 神は生命の全体、宇宙の全体であり、 それは分離なき「一なるもの」です。 存在する全ては、見た目や形の違いがあります。 私たち人間もお互いに顔も違えば性格も違います。 石
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アメリカ・インディアンの叡智 NO.3 2013年3月5日
西洋人たちの社会では、「なぜ」と尋ねることが重要だと言われる。 しかしインディアンの文化では「なぜ」と尋ねることなどしない。 インディアンは昔から、「なぜ」と尋ねるのではなく、 自分で目の前のものを見つめ、耳を傾け、 た