謙虚な精神

2013年6月4日

 

謙虚な心を持たず、欲望のままに動く人というのは、
それだけ想像上の虚偽に囚われやすいと言えます。

欲望のままに生きる人は、
自分が幻想と虚偽に陥っていることに気づいていません。
謙虚さとは、自分の欲を捨てて静謐なる「無私の心」を持つことですが、
その心が欠けていると、人は誤った道を歩んでしまいます。

霊的な進歩というのは、何かを成就したり達成したりすることではありません。
また、いたずらに神を求めたり神秘的な体験を追い求めることでもありません。
霊的な進歩というのは、心の成熟を意味します。
自由な心、無私なる心なくして霊的な進歩はありません。
欲に囚われ続ける心は未熟であり、そこには傲慢さがあります。

欲に囚われている人ほど、
頭の中の妄想や虚構を追いかけやすくなります。
そしてより多くのものを求めたがるのです。
そこにあるのは偽物の霊的進歩です。
欲望によって霊的な進歩が起こるということは決してありません。

心の謙虚さというのは、真に宗教的な事柄です。
その心の質が、本当の宗教的資質なのです。
謙虚さとは、心の美しさであり、静かさであり、豊さです。
そのような心は欲望や想像上の虚構には決して囚われません。
謙虚な心、そして成熟した心だけが、真に現実を見つめ、真理を生きるのです。


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