学びと探究
2011年9月9日
真に真剣に生きる人は、
精神的な苦悩が起こると、その苦悩の原因を探そうとします。
自分が抱える心の混乱、無秩序、その問題を突きとめようとします。
もしそれを理解しなければ、苦しみ続くと考えるからです。
こうして人は、自分の心の苦しみの体験を通して、学びと探究を始めます。
真剣でない人々、無知な人々というのは、
自分が心の苦しみに陥りながらも、何ら探究も学びも起こさない人々のことです。
そのような人々は、毎回同じように心の苦しみを繰り返すだけです。
なぜ自分は苦しむのか、なぜ心は苦しみで叫んでいるのか―
人間は人生の中で苦境や不幸に見舞われるたびに、そこから抜け出そうとします。
苦しみという体験こそ、人に多くのことを学ばせるものはありません。
苦しみは人間に学びを与え、同時に心の成長を与えます。
人が深く生の探究を始めると、やがて人としての知恵が備わり始めます。
その人は人間の心を学び、生を学ぶことで、自分自身を成熟させます。
自らの苦しみをきっかけとした学びと探究が、豊かな人間性の開花に結びつきます。
学びと探究が、その人に人間としての英知を養わせるのです。
人は学ばなければなりません。
自分自身の心を、人間という存在を。
さもなければ、決して人間の持つ苦しみから開放されることはないでしょう。
そして、人間として真に成熟することもありません。
心の苦しみというのは、あなたに与えられた学びのきっかけであり、
それをしっかりと活かすことで、生は大きく変容を遂げるのです。
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