経験への執着

2011年9月6日

私たちは多くのことを経験します。

何かしら満足を得られる経験、心楽しい経験、または霊的な経験など―

人の精神は、こうした様々な経験を繰り返そうとしています。

 

その経験はあなたにとって快楽や満足を与えてくれるものであり、

だからこそ、その喜ばしい経験を何度も味わおうとします。

感覚的な快楽、または精神的な満足感―

それらの経験はあなたにとって重要なものとなってしまうので、

いつまでもそれにしがみつき、執着するのです。

 

あなたの所有している経験が、あなたの精神を縛ります。

なぜなら、あなたの精神は、

快楽と満足を与えてくれるそれらの経験の虜になるからです。

そしてその経験に依存し、それを手離そうとしないのです。

 

経験の種類は様々ですが、問題はそれが単なる快楽になってしまうことです。

人間関係から得られる快楽、または宗教的な快楽。

地位や名声やお金を得ることから生まれる快楽。

または嗜好の快楽、趣味の快楽、より低級な食の快楽、セックスの快楽。

 

経験することへの執着は、快楽と満足への執着であり、それが恐怖を育みます。

あなたはそれらの経験を失うことを恐れるからです。

その経験はあなたの存在を成り立たせるものであるからこそ、

あなたはその経験を何とか保持しようとし、しがみつくのです。

 

あなたは経験に執着することなく生きることができるでしょうか?

経験への執着があるところには、必ず葛藤、恐怖、暴力性があります。

なぜなら、経験への執着があるところには、エゴ(自己中心性)があるからです。

 

経験を、ただの快楽や満足の繰り返しにしてしまわないこと。

経験を捨て去ること。過去の経験を超えて生きること。

そのような精神だけが、恐怖や葛藤や悲しみを超えて生きるのであり、

それこそが精神の真の自由です。


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