沈黙と神秘
2012年10月16日
生の神秘との交わりは、常に深い沈黙の中で起こります。
沈黙というのは、外面的な静けさだけでなく、内面の静けさも含みます。
精神がざわめき、静謐でないならば神秘と交わることはできません。
恐怖や不安、怒りや悲しみ、葛藤や絶望といった精神の混乱があるとき、
沈黙はそこにありません。
沈黙は精神が完全に静まっているときに起こります。
沈黙があるには孤独がなければなりません。
騒がしい集団の中や雑踏の中では沈黙は生まれません。
孤独であり、なおかつ孤独を恐れず自由であるとき、
その時にこそ人は神秘と交われる可能性が生まれてきます。
そしてそれは、深い孤独と沈黙から生じるの厳粛な瞑想です。
孤独の中、沈黙の中で私たちの精神は研ぎ澄まされ、
その注意力と気づきの高まりの中で神秘と交感します。
このような澄んだ感受性がなければ、
生と宇宙の神秘と交わることはできないでしょう。
深い沈黙は、新たなる次元を開きます。
宇宙の聖なる神秘が開かれるのは深い沈黙があってこそです。
そしてその深い瞑想があるためには、
人間は精神のざわめきや混乱を終わらせて、
孤独と絶対的な静寂の中にいなければなりません。
そうして初めて、神秘との交わりが可能になります。
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