満てる「有」というもの

2012年5月16日

宇宙は存在しています。
宇宙の存在の根源に立ち戻るとき、そこには名前も言葉もありません。
宇宙は無名の中で存在する「有(う)」であり、この「有」とは命そのものです。

草には本来、名がありません。
鳥にも、石にも、星にも、空にも、本来名はありません。
それらは端的に「有」です。名もなき「有」です。

私たちはたいてい名前を通してこの「有」を見ますが、
名や言葉を通さずに「有」を見つめるとき、私たちは一体「何を」見ているのでしょうか。
それは言葉でも名称でもありません。
私たちが今、目の前で、沈黙の中で見つめる「それ」は一体何でしょうか。
その名もなき「有」、ただ存在するもの、そこにあるもの、それは何でしょうか。

あなたは「この不思議」に気づいたことはないでしょうか。
それは「不思議なこと」ではないでしょうか。
なぜ私たちは不思議がらないのでしょうか?

「有」があるということ─
私たちの周りには「有」があります。むしろ「有」しかありません。
あなたはその「有」に気づいているでしょうか。
それはそこにあって、永遠にあり続けるものです。

世界は「有」に満ちています。「有」が世界です。
「有」が生まれ、あり続け、消滅し、そしてまた生まれる。
名もなき「有」の存在、その活動。

この世に聖なる神秘があるとすれば、それはまさに「有」でしょう。
神秘はどこか遠くにあるわけでもなく、来世にあるわけでもありません。
目を見開いて、目の前の「世界」を見つめ、聴き入るならば、
あなたは「有」に満ちた驚くべき生命の神秘の世界を目の当たりにするでしょう。

「それ」はそこに、目の前に、今ここにあります。


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