「生きる」ということ

2014年11月25日

teatime

「生」とは何でしょうか。
人として「生きる」とはどういうことを言うのでしょうか。

「生」とは、生きていることのすべてです。
学校で学んだり、友達と遊んだり、恋をしたり、
仕事をしたり、ケンカをしたり、
時には嫉妬し、恐れ、不安になったり、
愛したり、美しさに感動したり、または悲しんだり―

生はあらゆるものごとです。
刻一刻のすべてが「生」です。
本を読んだり、散歩したり、笑ったり、泣いたり、
または時に残酷だったり、善良であったり、
自然を愛し、動物を愛し、河や花の美しさを見たり―
これらすべてが「生」の一部です。

そうした「生」の全体に気づき、十分に生きることが、
本当の意味で「生きる」ということです。
しかしもし、生の全体ではなく、ほんの片隅だけにしか目をやらなければ、
本当に生きているということにはなりません。
「生の全体」を気づき、十分に生きることが大切です。

生きていれば、いろんなことがあります。
喜びもあれば、苦しみもあります。
絶望し、傷つき、心が落ち込むこともあります。
それら全てが「生」であり、
その一つ一つと共に生きて、十分に気づいて、理解していくこと。

「生きる」とは、生の全体を理解し、気づき、
常に学んでいくということです。
生きる中で、学ぶことや気づくことに終わりはありません。
そうして「生」の中でたくさんのことを発見していくことこそ、
本当の創造性であり、真実に生きるということです。


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