生の「パターン」を打破する

2014年5月8日

Comet

あなたの生はパターン化してしまっていないでしょうか?
決まりきった行動、習慣、生活、考え方―
私たちのほとんどは、その社会、文化、習俗、伝統の型枠にはまっており、
その行動と考え方のあり方は、いつも同じ型枠と領域内でのものです。

パターン化した精神は、機械的で惰性的な生き方しかしません。
やることなすこと順応と模倣の結果であり、
生き方も行動も、特定の社会様式と文化に彩られたものです。
そこには楽しさや喜びはあるかもしれませんが、
類まれな生の創造性や新しい発見はないでしょう。

たとえば、毎日テレビを見て、新聞を見て、音楽を聞いて、
携帯電話をいじって、パソコンをして、仕事をして─
私たちは大抵は機械的なパターン化した生活をしています。
そしてそのパターン化した生活に疑いの念を持ちません。
それを当たり前のように受け入れ、そこに順応しています。
しかしながら、そこには本当の意味での「生」はあるでしょうか。

何の創造も、何の発見もない生は、はたして「生」と言えるでしょうか?
パターン化された機械のような生は、はたして「生」でしょうか?
他者や特定の社会に同化して生きるということが、
本当に「生きる」ということなのでしょうか。
私たちはこのことを改めて考えてみなければなりません。

パターン化された精神は惰性的なものなので、そこには「新しい発見」はありません。
機械的な生活の中には、何の発見も、自由も、創造もありません。
そのような生活には、スピリチュアルが開花する要素はないでしょう。
自由と発見と創造のない生は、完全に停滞した生です。
その生は、日々単調で反復的な生を繰り返すだけであり、
惰性と習慣、常識と固定観念に囚われたままの生き方です。

パターンの打破は、機械的で反復的な精神を終わらせることであり、
真の自由、発見と創造のある生を開花させるためにも必要なことです。
そのためにも、私たちは日々の自分の「生活」を見つめ直す必要があります。
自分の行動、生活のパターンに気づくことです。

パターン化した精神は、常に古い枠組の中で動き続けます。
そこには、新たなる生の発見は何一つありません。
そのような精神は実は死んでおり、本当の意味で生きていないのです。
真に生きた精神とは、日々創造性に溢れた精神です。
創造性が生まれ、霊性も開花するには、精神は古い枠から飛び出さなくてはなりません。
日々のパターンを打破してこそ、それは可能になります。


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