瞑想のあり方 NO.18
2013年3月25日
瞑想は言葉なき運動です。
言葉のおしゃべりがあるところに瞑想はありません。
心が言葉で溢れているならば、瞑想の純粋さは失われます。
真の瞑想は、沈黙の深みの中で起こります。
宇宙そのものが言葉を持たず沈黙であるように、
瞑想もまた宇宙の沈黙と共にあります。
言葉のおしゃべりは、人間の心の騒がしさです。
心が何かに囚われて縛られているからこそ、
心は言葉のおしゃべりでいっぱいになります。
そんな状態では決して瞑想は起こりません。
瞑想が起こるためには、精神は静まっていなければなりません。
そして精神の沈黙は、言葉の終わりです。
騒がしい思考と言葉のおしゃべりが完全に静まり、
精神が深い静寂に包まれているところに真の瞑想があります。
瞑想の深さは、静寂の深さです。
言葉は表面的なものであり、瞑想の質を深めません。
瞑想は言葉が終わったところから始まります。
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